『ウェイクフィールド/ウェイクフィールドの妻』

N・ホーソーン/E・ベルティ『ウェイクフィールドウェイクフィールドの妻』新潮社、2004

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 ナサニエル・ホーソーンの「ウェイクフィールド」(1835年発表)は、実に奇妙な短編小説である。

 取り立てて特徴のない凡庸な男であるウェイクフィールドは、旅行に出ると偽って唐突に自宅を離れ、いつまでたっても家に戻らない。夫人は彼が死んだとは考えなかったが、静かに寡婦暮らしを受け入れる。20年が過ぎ、ウェイクフィールドは何事もなかったのかのように再び家の敷居をまたぐ。しかも彼はそのあいだ遠くにいたのではなかった。隣の通りに面した部屋を間借りし、誰かに見つけられるという病的な恐れを抱きながら、妻を見ていたのだ。

 話の骨子はこんな感じである(と思う)が、とにかく謎だらけの短編である。なぜウェイクフィールドは突然行動を起こしたのか? その動機は? 20年もの間どうやって暮らしていたのか? 何を考えていたのか? そして何が彼を「自宅」へ帰すに至らしめたのか?

 ベルティの「ウェイクフィールドの妻」は、主に夫人の側から物語を描くことでこの短編を膨らませた長編小説である。ただし、夫人が20年のあいだ何を考えどう行動したかは書かれているが、ウェイクフィールド自身はやはり謎のままである。もっと言えば、夫人や、ホーソーンの作品では一度しか触れられない小間使いや使用人も、クリアになるというよりは余計に不思議な謎を帯びていく。
 とはいえ僕としてはそのあたりの塩梅がとても面白かった。もし自分がなにがしかの作品に対してトリビュートのようなものを書くとしたら(現に何度も試みている)、これを一つの理想として目指すだろうなと思う。